そうこうするうちに、やっと母の転院先が決まりました。
実家から歩いていける近さの病院だったので助かりました。
母がD総合病院に入院した直後に弟夫婦が見舞いに行った時は
母はスタスタと自分で歩いて面会室まで来たそうです。
でもその10日後くらいに私が行った時は車椅子を使っていました。
D総合病院から転院先の病院(E医院とします)までは
当初タクシーで移動するつもりでいましたが、
転院の前日から酸素投与が始まったので、
専用の機材がある、病院の公用車で送ってもらえることになりました。
要するに救急車仕様の車でした。
転院先でさっそく医師から私に話があり、余命宣告を受けました。
D総合病院の先生に余命を聞いた時は「年単位ではない」と言われ、
それをE医院の先生に話したところ、
「月単位でもないです」とはっきり言われました。
さらに「お母さんはもう退院はできないでしょう。
うちで最期までしっかりみますから、施設は探さなくていいです」
とも言われました。
辛い宣告だったけど、率直に話してくれた先生に今も感謝しています。
これで私の覚悟も決まったので。