10日間実家にいて、母の転院などを済ませて自宅へ。
その一週間後にはまた実家へ。
葬儀屋さんのセミナーに参加して、互助会に入会しました。
老人ホームにいる父を介護タクシーで母のいる病院へ連れていきました。
二人が会うのは、これが最後となりました。
母の妹たちや近所の仲のよい人たちが、
それぞれ病院まで母に会いに来てくれました。
母と一番仲のよかった叔母には、
看護師さんが「面会の時間制限は特別に無しにします」と
言ってくれたらしい。叔母は隣県から何度も来てくれました。
私は母の病院に通いながら、
実家のケーブルテレビの解約などなど
いずれ空き家になってしまうであろう実家のあれこれの手配を
続けていました。
ご近所にはごくごく限られた、母が信頼している方にだけ
母の入院先と病名を知らせていましたが
お隣の奥さんをはじめ町内会の方に親切にしていただいて
ありがたかったです。
また父がいる老人ホームのケアマネさんは
「お父様のことはこちらに任せて、今はお母様の方に専念してください。
そうでないと娘さん(=私)が倒れてしまいますよ」
と言ってくれました。
孤軍奮闘していたようで、実際はそうではなかったのかな
と今になって思います。
でもその当時はとっても孤独な戦いのように感じていました。
私の兄弟たちにメールやLINEで状況を逐一報告していたけど、
それに対する反応の薄さ(というか反応無しだったり)が
すごく辛かった。
もしかしたら、彼らは母の最期に近いことを
受け止めたくなかったのかもしれないけど。