今にして思えば、母の入院から一気に坂を転がるように
事態は悪化していったのだけど、その当時は先が見えない中で
病院の先生や看護師さんに言われたこと、
父がいる老人ホームから言われたことを
ただひたすらこなしていくので精一杯な日々でした。
弟夫婦が実家から自宅に戻った後を引き継いで私が実家に戻りました。
母が入院しているD総合病院と父がいる老人ホームは
全然違う方向に離れていて、
「今日はあっち、明日はこっち」と動き回っていました。
母の治療方針は積極的な延命治療は行わず緩和処置のみとする、
と決まったので、総合病院にいつまでもいるわけにはいかず
転院先を探してもらっていました。
いつになったら転院先がみつかるのかも全くわからない中、
私は実家で待機する毎日でした。
地域包括センターの母を担当してくれていたケアマネさんに
義妹(弟嫁)が事情を話してくれていました。
ふと思いついて、私も挨拶だけしておこうと包括センターに行ったら、
ちょうどケアマネさんが内勤で、会って直接お話しができました。
D総合病院の先生からは
「転院先で病状が落ち着いたとしても、もう家で一人暮らしは無理だろうから、
退院後はそのまま施設に入るのがいい」と言われていました。
なので、母が入れそうな施設を探してもらうのと、
母の介護認定の申請をお願いしました。
(母はまだ何も認定を受けていませんでした。)
ケアマネさんは、とにかく緊急で介護認定がおりるよう手配をする
と約束してくれて、実際にすぐに動いてくれました。
近くに誰も相談する人もいない状況で、
地域包括センター、ケアマネさんの存在はほんとに心強かったです。