2026/04/15

老人ホームに移ってからの父と母-回想-

父が老人ホームに移ってからは、しばらく平穏に過ぎました。

母も特に体調を崩したりもなく、元気にしていたようです。

私は旅行に行けたり、春休み中の孫を預かって一緒に遊びに行ったり。


とはいうものの、何かと父から電話がかかってきたり

(父は携帯電話もパソコンもプリンターも自室に持ち込んでいました。)

老人ホームのケアマネからもちょくちょく連絡が入りました。


父からは「ホームで誕生日を祝ってもらったので、皆に御礼をしたい」とか

「プリンターが壊れたから電気屋を呼んで修理してもらいたい」とか。

ほんとに、あれこれと。

ほとんどが「そりゃ無理です、できません」みたいなことばっかり。


「スタッフさんへの差し入れは私が行く度にお菓子を買っていってるし、

それに入所者がホーム内で他の人にモノを配ったりしてはいけないよ」

「プリンターはほんとに壊れたの?使い方を間違っているだけでは?」

などと、いちいち対応するのが面倒で仕方なかった。


他にも家族との面会の時間が決められているのを、「融通がきかない」と怒ったり。

施設に入れられて、いろいろ不自由もあっただろうけど、

そこは諦めてもらうしかないよ・・・と言いたくなるようなことばかりでした。


ケアマネさんからは

「お父様が自室のテレビでBS放送を観たいとおっしゃっています」とか。

このBS放送の件では、ほんとにすったもんだがありました。

まず、ケアマネがデジタル的なことが苦手な人で、

ホームのテレビ視聴環境について尋ねても要領を得ない。

すったもんだの挙句(詳細省きますが)、そういうのに詳しい男性スタッフさんが

「分波器」というものを貸してくれて、無事にBS放送が観られるようになりました。


すぐに老人ホームに行くこともできず、いつも電話のやりとりだけなので

もどかしい思いをしながらも、1つ1つ解決していくしかなかった。


母もたびたび父から呼びつけられて、老人ホームまで出かけていたようです。

そして、母は母で、一人で家を守らないといけないのに、

なんでもかんでも面倒なことはあいかわらず父に頼る。

役所とか保険会社とかからの公的な郵便物もろくに中も見ないで、

父のところに持って行ってました。

わからないならわからないで、せめて父に届ける前に私に相談してほしかった。

それをいくら母に言っても、ちっともいうことを聞かない母でした。

2026/04/14

介護付き有料老人ホーム-回想-

介護付き有料老人ホーム(以下、老人ホームと略します)に移った父。

そこは複数の看護士さんが常駐しており安心でした。

もちろん介護士さんもいつも数人はいて、24時間サポートしてもらえました。

ベッドにはセンサーが付いていて、夜間などにもし長時間ベッドに寝ている反応がない場合はアラームで宿直のスタッフさんに通知が行くようにもなっていました。


サ高住ではできなかった点滴などの医療処置も可能でした。

引っ越し当日、父の部屋を整えて帰路についた私に老人ホームから電話。

足の浮腫みがひどく尿量を調べるためにも尿管にバルーンカテーテルを装着します

という連絡でした。

その時は一時的なものかと思ったけど、結局、父が亡くなるまでカテーテルと

採尿バッグは付けたままでした。


サ高住(といっても父がいたのは小規模でシェアハウスのようなもの)と比べると、

かなり手厚い介護と見守り体制でようやくホッとできたけど

その分、利用料は跳ね上がりました。今度は金銭的な心配が浮上しました。


それから、改めて調査・審査を経ておりた介護認定はなんと「要介護4」!

要支援2からいきなり要介護4ってどう考えてもおかしい。

やっぱりそれまでの「要支援2」がおかしかったのです。


最初から要介護3以上なら、もっと費用が安い特養も選択肢にできたのに

とチラッと思いもしたけど、それを今、言っても仕方ない。

父がようやく安心できる場所に落ち着けるなら、これでよかったのだと

思うしかありませんでした。

2026/04/13

父、入居1カ月後には退去・移転-回想-

サ高住になんとか入居できた父でしたが、

部屋の中で転倒を繰り返すし、さらに心臓の具合もよろしくない。

運営元の医院の先生(父の主治医となりました)や施設のスタッフさんから

入居したサ高住と同じ系列の老人ホームに移った方がいいと提案されました。


父は要支援2のままだったので、該当の老人ホームの入居資格がないのですが

現状、どう見たって要介護1には必ずなるはずとのことで

(だから前々から私はそう思ってケアマネにも訴えていたのだけど)

要支援から要介護になるのを見越して老人ホームへの引越しを検討し始めました。


ちょうど老人ホームの方に空き室が出たというタイミングでもあり

だからこその医師やスタッフさんからの提案であったのですが、

他に空きを待っている方もいるので、移るかどうするかすぐに返事を下さい

と言われました。


なので私も即答。父にはケアマネさんから、母には私から説明をしました。

他の兄弟には相談する暇もなくて、事後報告となりました。


結局、サ高住入居一カ月後に次の介護付き有料老人ホームへの引っ越し。

同系列とはいえ別の施設なので、契約も最初からやり直し、

ケアマネもその施設所属の方に変わりました。

その間、目が回るような忙しさだったけど、

もうとにかく必死で「忙しい」と感じる余裕すらなかった。

ケアマネさんや施設のスタッフさんらに助けられてどうにか乗り越えたという感じでした。

2026/03/27

施設に行ってからも転倒を繰り返す父-回想-

 施設に入る時に職員の方から

「今まで自分で頑張ってやってきたことも、今後はお世話してもらえるので

 おそらくできることは減っていって、弱っていかれます。

 でも今は日々の安全の方が優先ですから、施設入居の決断は正しいと思います。」

と言われました。


自宅よりは、居室からトイレも近いし(というかベッドからすぐの距離)

床はフラットで、部屋の中にも突っ張り式の手すりもつけてもらった。

確かに自宅にいるより、ずっと安全だと思われました。が・・・


父は1年前に心臓のペースメーカー埋め込みの手術を受け、

それまでの足の浮腫みもなくなり、しばらくは調子がよかった。

でも施設入居の頃には、また足がパンパンに浮腫むようになっていました。


入居後すぐに利尿剤を処方されるようになり、

その影響でトイレに頻繁に行くようになったのだけど、

そのために、さらに転倒の回数が多くなってしまったのです。

手すりを完備しても、足腰腕の筋肉が弱りつかまることが難しかったようで。


転倒するたびに職員の方を呼んで助け起こしてもらっていたそうで、

運営元の病院の先生から

「これはサ高住では無理。老人ホームに移った方がいい。」と言われました。

入居後1カ月もたたない時でした。

2026/03/26

父が施設に落ち着くまで-回想-

なんとかサ高住に入居できた父でした。

床と天井で突っ張る転倒防止バー(手すり)を取り付けてもらいました。

部屋の真ん中に突っ張り棒が立っているので、

普通に考えたらものすごく邪魔なものでしたが、

すぐによろけて転倒する父のためには必要なものでした。


父はそれまで通っていたデイサービスを辞め、

施設と同じ系列の別のデイサービスに通うことになり、

入浴もそこで済ますことになりました。

部屋の掃除や洗濯は、週2回来てくれるヘルパーさんがやってくれました。


突っ張り棒を付けてもらう介護用品の会社、

新しいデイサービス、

ヘルパーさんの派遣会社、

それぞれの契約をして支払い方法を確認して、それを父に伝える。

一度にいろいろあって大変でしたが、必死の思いで頑張りました。


部屋に持ち込んだ物品を整理・配置し、延長コードやテレビも設置。

Wi-Fiの設定も完了。

母は契約関係はからきしダメなので私が主導しましたが、

父の引越しについては衣類をクローゼットにおさめたりと手伝ってくれて

「この年になって “一人暮らし”なんてねぇ」とか言ってましたね。


父は施設で、母は自宅でそれぞれ年を越すこととなりました。

2026/03/23

父のパソコン使用状況-回想-

なんとか施設に入居することができた父。

父の施設入居の条件が、自分のノートパソコンを持っていけること、でした。

ケアマネさんからは「パソコン持込可の施設は少ない」と言われたけど

実際にはそうでもなかったみたいな。

(調べた施設の数がごくわずかなので、何とも言えないけど。)


父が入ったサ高住は個室だし、持ち込めるものの制限は緩かったです。

電気湯沸かしポットなんかも持ち込めたし。

それでパソコンもOKだったのですが、Wi-Fiはありませんでした。


なので、回線工事不要の置き型ルーターをレンタルして、

Wi-Fiの契約を「私が」しました。月々の利用料も「私が」払いました。


ともかく無事にパソコン使用の環境ができたので、

施設に行ってからも父は自分でネットバンキングをやっていました。

施設の利用料の口座引き落としなども管理していました。

そして、なんと施設に行ってからも株を買っていました(怒)

2026/03/22

父、ついに施設へー回想-

母の入院から父の施設入居まではジェットコースターのような日々。 


父が入った施設は情報がいっさい外に出ておらず、

ネットで検索しても全くヒットしませんでした。

おそらく、部屋数も少ないので大ぴっらには入居者募集をしておらず、

ケアマネさんなどを通じて口コミのみで部屋を埋めているようでした。


ありがたいことに、父のケアマネさんは優秀で顔も広い方で

施設の管理者の方につないでもらえました。

部屋がちょうど空いたタイミングでもあり、ラッキーでした。


いわゆるサ高住(サービス付き高齢者住宅)で、

要支援2の父でも入れる施設。病院が運営元でした。

トイレと洗面台とクローゼットが付いた個室で、

ベッドは備え付けのものがあったけど、テレビやテーブルなどは

自前のものを持ち込まないといけないので、ちょっとした引っ越し。


バタバタと運送屋さんの手配をし、

掃除用具などを買いそろえ(掃除はヘルパーさんがやってくれる)

なんとか引っ越しを済ませて、私は自宅に戻りました。


一方で母は心筋梗塞の後遺症は何もなくて、退院後は普段の生活に戻れました。

父が施設に入れることになり、母もホッとしていました。

それまで本当に気が休まらない日々だっただろうし、

外出できるのも父がデイサービスに行っている間だけでしたので。


母の入院・退院、父の施設決定、契約、入居(引っ越し)

全て一人でやりきりました。

他の兄弟には事後報告という形になってしまったけど、

とにかく即決しないといけない状況だったので仕方なかった。