2026/04/18

母、三度目の入院ー回想ー

私の「失われた2年半」における「三度目の」入院です。

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 ※実家の近くの両親のかかりつけ医:A内科

 ※母が最初に入院した中規模の病院:B病院

 ※父が心臓の手術を受けた総合病院:C総合病院

 ※母が心筋梗塞で入院した総合病院:D総合病院

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ここからは昨年(2025年)の10月以降のblogと内容が重なる部分もあります。


夏頃から食欲が落ちてきた母は、デイサービスに行く以外は家で

ゴロゴロしてたり、変な時間に昼寝(夕寝?)をしたりしていました。

「少しでも具合が悪いならすぐ病院に行くように」と何度も言いましたが

母は「A内科で診てもらっているから大丈夫」と言っていました。


10月の診察時に激やせした母を見た先生が驚いて

「詳しく検査してみましょう」となり、その結果

「紹介状を持ってD総合病院に行ってください」と言われました。


それだけを母から聞いて、私は「これは即入院だ」と直感。

母には入院時の持ち物リストをすぐに送って、

「これを自分で用意して必ず持っていくように」と言いました。


案の定、母は入院となりました。

たまたま帰省を予定していた弟夫婦がD総合病院に行って、

主治医の先生から詳しい病状説明を母と一緒に聞いてきました。


母は癌で、複数転移、ステージ4との診断でした。

2026/04/17

徐々に徐々に弱っていく両親-回想-

前のblogで父のクレジットカードの解約が大変だったと書きましたが、

それ以外にも、例えば株式投資とか、いろいろ父がやめたがらない事があり

それをなんとか諦めさせるのに苦労しました。

(株は説得に説得を重ねて、ついに全部売却しました。

 今となっては、あの時に売っておいてよかった。

 父の死後、株を残されても株に何の興味もない私たちは困ったと思うので。)


パソコンもだんだん使えなくなり、「前にできていた事ができなくなった」

「やり方を忘れた」などと言うようになったので、情報管理の面が心配で

Wi-Fiを切りました。(ネットにつながらなくした)


その代わり、父が好きだった数独やクロスワードパズルが載った本を送ったり

オフラインでも使える麻雀などが入ったゲームソフトをパソコンに

インストールしてあげたりしましたが、あんまり使わなかったみたいです。

楽しみはテレビで野球や相撲を観るくらいしかなくなっていました。


一方の母は、足腰が弱った父を見ていて危機感を感じていて、

カーブスに長年通っていましたが、そのカーブスがちょっと遠くて

毎回バスで通うのが身体的にも時間的にもきつくなったそう。

それで自分で地域包括センターに相談して、

介護認定がなくても通えるデイサービスを紹介してもらいました。


そこで軽い運動もできるし、人との交流もあり、

なにより送迎付きで助かる、と喜んで通うようになったので、

私も「よかったなぁ」と思っていたのですが・・・


母も年齢が90才近くなり、だんだんと歩くのが辛くなってきていました。

そして夏頃から食欲が落ちてきて、ほとんど何も食べられなくなりました。

母は「夏バテかな」とか父が施設に入ってホッとして「今頃疲れが出てきた」

とか言っていましたが、それだけではなかったのでした。

2026/04/16

面倒な手続き-回想-

平穏な日々とはいっても、何もなかったわけでもなく。

父の病院通い(定期健診)には家族が付き添わないといけないので、

あいかわらず実家へは帰っていました。

父は大きな手術を何回もしていたので、それぞれの定期健診を

年1回受けるため、そのつど介護タクシーを予約して行きました。


そのついでに、母のスマホの機種変更に付き添って行ったり、

実家の片付け、庭の手入れなどなど。

( その頃に書いたblog )


しかし一番面倒だったのはクレジットカードの解約です。

施設に入った父はもうクレカを使う機会もないだろうから

解約しましょう、となったのだけど、これがもう面倒で面倒で。


とにかく父のクレカの枚数がすごかった。

ショップの会員カードにクレジット機能がついてたりもして、

本人も全容を把握してない。


そして解約方法がめんどい。

電話すると「ご本人ですか?」と聞かれ、本人を電話口に出すけど

耳が遠くて電話の向こうの相手と会話できない。

しかも「本人を電話口に出す」というのは、父のいるホームでしかできないです。

電話をしても「ただいま混みあっています」の音声だけが流れて全然つながらない!

限られた面会時間の中で、むなしく時が過ぎていく・・・


今どきはサイトで解約というのもできたりするのだけど、

それも二段階認証という壁があり、父のスマホに認証番号が送られてくるので

やっぱり父のいるホームでしか手続きができないわけです。


クレカの数も多かったので、ホームに私が行った時、弟が行った時と

手分けしてやったけど、それでも全部終わらず、

かなりの日数かかりました。


クレカに限らず「解約」という手続き、本人確認だの二段階認証だのと

セキュリティに阻まれいっこうに進みませんでした。


これに懲りたので、私自身はやたらと会員登録をするのはやめようと

心に固く誓いました。当然、クレカも厳選して枚数を最小限にしています。

あ、サブスクも極力避けています。

サブスクこそ、本人も忘れているのに利用料だけ引き落とされてたりするので

本当に怖いし厄介です。

2026/04/15

老人ホームに移ってからの父と母-回想-

父が老人ホームに移ってからは、しばらく平穏に過ぎました。

母も特に体調を崩したりもなく、元気にしていたようです。

私は旅行に行けたり、春休み中の孫を預かって一緒に遊びに行ったり。


とはいうものの、何かと父から電話がかかってきたり

(父は携帯電話もパソコンもプリンターも自室に持ち込んでいました。)

老人ホームのケアマネからもちょくちょく連絡が入りました。


父からは「ホームで誕生日を祝ってもらったので、皆に御礼をしたい」とか

「プリンターが壊れたから電気屋を呼んで修理してもらいたい」とか。

ほんとに、あれこれと。

ほとんどが「そりゃ無理です、できません」みたいなことばっかり。


「スタッフさんへの差し入れは私が行く度にお菓子を買っていってるし、

それに入所者がホーム内で他の人にモノを配ったりしてはいけないよ」

「プリンターはほんとに壊れたの?使い方を間違っているだけでは?」

などと、いちいち対応するのが面倒で仕方なかった。


他にも家族との面会の時間が決められているのを、「融通がきかない」と怒ったり。

施設に入れられて、いろいろ不自由もあっただろうけど、

そこは諦めてもらうしかないよ・・・と言いたくなるようなことばかりでした。


ケアマネさんからは

「お父様が自室のテレビでBS放送を観たいとおっしゃっています」とか。

このBS放送の件では、ほんとにすったもんだがありました。

まず、ケアマネがデジタル的なことが苦手な人で、

ホームのテレビ視聴環境について尋ねても要領を得ない。

すったもんだの挙句(詳細省きますが)、そういうのに詳しい男性スタッフさんが

「分波器」というものを貸してくれて、無事にBS放送が観られるようになりました。


すぐに老人ホームに行くこともできず、いつも電話のやりとりだけなので

もどかしい思いをしながらも、1つ1つ解決していくしかなかった。


母もたびたび父から呼びつけられて、老人ホームまで出かけていたようです。

そして、母は母で、一人で家を守らないといけないのに、

なんでもかんでも面倒なことはあいかわらず父に頼る。

役所とか保険会社とかからの公的な郵便物もろくに中も見ないで、

父のところに持って行ってました。

わからないならわからないで、せめて父に届ける前に私に相談してほしかった。

それをいくら母に言っても、ちっともいうことを聞かない母でした。

2026/04/14

介護付き有料老人ホーム-回想-

介護付き有料老人ホーム(以下、老人ホームと略します)に移った父。

そこは複数の看護士さんが常駐しており安心でした。

もちろん介護士さんもいつも数人はいて、24時間サポートしてもらえました。

ベッドにはセンサーが付いていて、夜間などにもし長時間ベッドに寝ている反応がない場合はアラームで宿直のスタッフさんに通知が行くようにもなっていました。


サ高住ではできなかった点滴などの医療処置も可能でした。

引っ越し当日、父の部屋を整えて帰路についた私に老人ホームから電話。

足の浮腫みがひどく尿量を調べるためにも尿管にバルーンカテーテルを装着します

という連絡でした。

その時は一時的なものかと思ったけど、結局、父が亡くなるまでカテーテルと

採尿バッグは付けたままでした。


サ高住(といっても父がいたのは小規模でシェアハウスのようなもの)と比べると、

かなり手厚い介護と見守り体制でようやくホッとできたけど

その分、利用料は跳ね上がりました。今度は金銭的な心配が浮上しました。


それから、改めて調査・審査を経ておりた介護認定はなんと「要介護4」!

要支援2からいきなり要介護4ってどう考えてもおかしい。

やっぱりそれまでの「要支援2」がおかしかったのです。


最初から要介護3以上なら、もっと費用が安い特養も選択肢にできたのに

とチラッと思いもしたけど、それを今、言っても仕方ない。

父がようやく安心できる場所に落ち着けるなら、これでよかったのだと

思うしかありませんでした。

2026/04/13

父、入居1カ月後には退去・移転-回想-

サ高住になんとか入居できた父でしたが、

部屋の中で転倒を繰り返すし、さらに心臓の具合もよろしくない。

運営元の医院の先生(父の主治医となりました)や施設のスタッフさんから

入居したサ高住と同じ系列の老人ホームに移った方がいいと提案されました。


父は要支援2のままだったので、該当の老人ホームの入居資格がないのですが

現状、どう見たって要介護1には必ずなるはずとのことで

(だから前々から私はそう思ってケアマネにも訴えていたのだけど)

要支援から要介護になるのを見越して老人ホームへの引越しを検討し始めました。


ちょうど老人ホームの方に空き室が出たというタイミングでもあり

だからこその医師やスタッフさんからの提案であったのですが、

他に空きを待っている方もいるので、移るかどうするかすぐに返事を下さい

と言われました。


なので私も即答。父にはケアマネさんから、母には私から説明をしました。

他の兄弟には相談する暇もなくて、事後報告となりました。


結局、サ高住入居一カ月後に次の介護付き有料老人ホームへの引っ越し。

同系列とはいえ別の施設なので、契約も最初からやり直し、

ケアマネもその施設所属の方に変わりました。

その間、目が回るような忙しさだったけど、

もうとにかく必死で「忙しい」と感じる余裕すらなかった。

ケアマネさんや施設のスタッフさんらに助けられてどうにか乗り越えたという感じでした。

2026/03/27

施設に行ってからも転倒を繰り返す父-回想-

 施設に入る時に職員の方から

「今まで自分で頑張ってやってきたことも、今後はお世話してもらえるので

 おそらくできることは減っていって、弱っていかれます。

 でも今は日々の安全の方が優先ですから、施設入居の決断は正しいと思います。」

と言われました。


自宅よりは、居室からトイレも近いし(というかベッドからすぐの距離)

床はフラットで、部屋の中にも突っ張り式の手すりもつけてもらった。

確かに自宅にいるより、ずっと安全だと思われました。が・・・


父は1年前に心臓のペースメーカー埋め込みの手術を受け、

それまでの足の浮腫みもなくなり、しばらくは調子がよかった。

でも施設入居の頃には、また足がパンパンに浮腫むようになっていました。


入居後すぐに利尿剤を処方されるようになり、

その影響でトイレに頻繁に行くようになったのだけど、

そのために、さらに転倒の回数が多くなってしまったのです。

手すりを完備しても、足腰腕の筋肉が弱りつかまることが難しかったようで。


転倒するたびに職員の方を呼んで助け起こしてもらっていたそうで、

運営元の病院の先生から

「これはサ高住では無理。老人ホームに移った方がいい。」と言われました。

入居後1カ月もたたない時でした。

母、三度目の入院ー回想ー