2026/04/13

父、入居1カ月後には退去・移転-回想-

サ高住になんとか入居できた父でしたが、

部屋の中で転倒を繰り返すし、さらに心臓の具合もよろしくない。

運営元の医院の先生(父の主治医となりました)や施設のスタッフさんから

入居したサ高住と同じ系列の老人ホームに移った方がいいと提案されました。


父は要支援2のままだったので、該当の老人ホームの入居資格がないのですが

現状、どう見たって要介護1には必ずなるはずとのことで

(だから前々から私はそう思ってケアマネにも訴えていたのだけど)

要支援から要介護になるのを見越して老人ホームへの引越しを検討し始めました。


ちょうど老人ホームの方に空き室が出たというタイミングでもあり

だからこその医師やスタッフさんからの提案であったのですが、

他に空きを待っている方もいるので、移るかどうするかすぐに返事を下さい

と言われました。


なので私も即答。父にはケアマネさんから、母には私から説明をしました。

他の兄弟には相談する暇もなくて、事後報告となりました。


結局、サ高住入居一カ月後に次の介護付き有料老人ホームへの引っ越し。

同系列とはいえ別の施設なので、契約も最初からやり直し、

ケアマネもその施設所属の方に変わりました。

その間、目が回るような忙しさだったけど、

もうとにかく必死で「忙しい」と感じる余裕すらなかった。

ケアマネさんや施設のスタッフさんらに助けられてどうにか乗り越えたという感じでした。

2026/03/27

施設に行ってからも転倒を繰り返す父-回想-

 施設に入る時に職員の方から

「今まで自分で頑張ってやってきたことも、今後はお世話してもらえるので

 おそらくできることは減っていって、弱っていかれます。

 でも今は日々の安全の方が優先ですから、施設入居の決断は正しいと思います。」

と言われました。


自宅よりは、居室からトイレも近いし(というかベッドからすぐの距離)

床はフラットで、部屋の中にも突っ張り式の手すりもつけてもらった。

確かに自宅にいるより、ずっと安全だと思われました。が・・・


父は1年前に心臓のペースメーカー埋め込みの手術を受け、

それまでの足の浮腫みもなくなり、しばらくは調子がよかった。

でも施設入居の頃には、また足がパンパンに浮腫むようになっていました。


入居後すぐに利尿剤を処方されるようになり、

その影響でトイレに頻繁に行くようになったのだけど、

そのために、さらに転倒の回数が多くなってしまったのです。

手すりを完備しても、足腰腕の筋肉が弱りつかまることが難しかったようで。


転倒するたびに職員の方を呼んで助け起こしてもらっていたそうで、

運営元の病院の先生から

「これはサ高住では無理。老人ホームに移った方がいい。」と言われました。

入居後1カ月もたたない時でした。

2026/03/26

父が施設に落ち着くまで-回想-

なんとかサ高住に入居できた父でした。

床と天井で突っ張る転倒防止バー(手すり)を取り付けてもらいました。

部屋の真ん中に突っ張り棒が立っているので、

普通に考えたらものすごく邪魔なものでしたが、

すぐによろけて転倒する父のためには必要なものでした。


父はそれまで通っていたデイサービスを辞め、

施設と同じ系列の別のデイサービスに通うことになり、

入浴もそこで済ますことになりました。

部屋の掃除や洗濯は、週2回来てくれるヘルパーさんがやってくれました。


突っ張り棒を付けてもらう介護用品の会社、

新しいデイサービス、

ヘルパーさんの派遣会社、

それぞれの契約をして支払い方法を確認して、それを父に伝える。

一度にいろいろあって大変でしたが、必死の思いで頑張りました。


部屋に持ち込んだ物品を整理・配置し、延長コードやテレビも設置。

Wi-Fiの設定も完了。

母は契約関係はからきしダメなので私が主導しましたが、

父の引越しについては衣類をクローゼットにおさめたりと手伝ってくれて

「この年になって “一人暮らし”なんてねぇ」とか言ってましたね。


父は施設で、母は自宅でそれぞれ年を越すこととなりました。

2026/03/23

父のパソコン使用状況-回想-

なんとか施設に入居することができた父。

父の施設入居の条件が、自分のノートパソコンを持っていけること、でした。

ケアマネさんからは「パソコン持込可の施設は少ない」と言われたけど

実際にはそうでもなかったみたいな。

(調べた施設の数がごくわずかなので、何とも言えないけど。)


父が入ったサ高住は個室だし、持ち込めるものの制限は緩かったです。

電気湯沸かしポットなんかも持ち込めたし。

それでパソコンもOKだったのですが、Wi-Fiはありませんでした。


なので、回線工事不要の置き型ルーターをレンタルして、

Wi-Fiの契約を「私が」しました。月々の利用料も「私が」払いました。


ともかく無事にパソコン使用の環境ができたので、

施設に行ってからも父は自分でネットバンキングをやっていました。

施設の利用料の口座引き落としなども管理していました。

そして、なんと施設に行ってからも株を買っていました(怒)

2026/03/22

父、ついに施設へー回想-

母の入院から父の施設入居まではジェットコースターのような日々。 


父が入った施設は情報がいっさい外に出ておらず、

ネットで検索しても全くヒットしませんでした。

おそらく、部屋数も少ないので大ぴっらには入居者募集をしておらず、

ケアマネさんなどを通じて口コミのみで部屋を埋めているようでした。


ありがたいことに、父のケアマネさんは優秀で顔も広い方で

施設の管理者の方につないでもらえました。

部屋がちょうど空いたタイミングでもあり、ラッキーでした。


いわゆるサ高住(サービス付き高齢者住宅)で、

要支援2の父でも入れる施設。病院が運営元でした。

トイレと洗面台とクローゼットが付いた個室で、

ベッドは備え付けのものがあったけど、テレビやテーブルなどは

自前のものを持ち込まないといけないので、ちょっとした引っ越し。


バタバタと運送屋さんの手配をし、

掃除用具などを買いそろえ(掃除はヘルパーさんがやってくれる)

なんとか引っ越しを済ませて、私は自宅に戻りました。


一方で母は心筋梗塞の後遺症は何もなくて、退院後は普段の生活に戻れました。

父が施設に入れることになり、母もホッとしていました。

それまで本当に気が休まらない日々だっただろうし、

外出できるのも父がデイサービスに行っている間だけでしたので。


母の入院・退院、父の施設決定、契約、入居(引っ越し)

全て一人でやりきりました。

他の兄弟には事後報告という形になってしまったけど、

とにかく即決しないといけない状況だったので仕方なかった。

2026/03/21

母の入院から父が施設行きを決心するまでー回想-

母の入院期間は、今回は半月ほどでした。

とは言え、その間ずっと実家に滞在するわけにもいかず

(私にも自分の病院の予約とかいろいろ用がありますし)

父にショートステイに行ってもらうなどしながら

実家と自宅を行ったり来たりしました。


母の入院中に父の定期健診の予約が入っていて、

ほとんど歩けない父をタクシーでC総合病院まで連れていったりしました。

その頃は父はシルバーカーという「手押し車」のようなものを使っていましたが

ちょっとしたことでよろけて転倒するので、気が気じゃなかったです。

いつも病院へは母が付き添っていたのだけど、高齢の母にとっては

それも重労働だったろうし、精神的なプレッシャーもあったと思います。


母が入院したD総合病院のソーシャルワーカーさんや

父のケアマネージャーさんから

「お母様はもう限界です。お父様に施設に行ってもらいましょう」

と言われました。


それまで施設に行くことに抵抗を示していた父も、さすがに観念したようでした。

それに、自分はどんどん不自由なことが増えていくのに、

母は思うように自分の世話をしてくれない、いっそ施設に行った方がよいかも、

と私に母への愚痴をこぼしたりしました。


ショートステイ先で至れり尽くせりのお世話を受けて、

そう感じたようにも見受けました。


理由はなんにせよ、やっと父が施設入所を前向きに考え出したので

この機を逃すな!とばかりに、ケアマネさんがいくつか施設を

ピックアップしてくれて、さっそく父と一緒に見学にも行きました。


その中で、小規模のサ高住でたまたまお部屋が空いたばかりなので

「今ならすぐ入居できます」と言われたところに入ることを決めました。

2026/03/17

母、またもや緊急入院ー回想ー

2023年に体調を壊して1カ月も入院した母でした。

その後は元どおりの生活に戻り、母自身は買い物やカーブスにも

特に不自由なく出掛けていました。

私はだいたい3カ月に一度のペースで帰省して、

家の中の片付けなどを手伝っていました。


でも2024年の初冬にまた母が入院。今度は心筋梗塞でした。


自宅にいた私に突然の電話。両親のかかりつけのA内科からでした。

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 ※実家の近くの両親のかかりつけ医:A内科

 ※母が最初に入院した中規模の病院:B病院

 ※父が過去に心臓の手術を受けていた総合病院:C総合病院

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「お母さまが心筋梗塞を起こしているので、これから救急車で

 D総合病院に搬送します!」⇒D総合病院に入院

私は急遽、飛行機のチケットを手配して、当日の夜遅くに実家到着。


後で聞いたところによると、数日前から「胸が痛かった」らしいのだけど

母は(というより高齢者ゆえか)毎度、自分の体調に鈍感で、

ギリギリまで病院に行かず、結果的にいつも大騒動になる。


A内科へは定期的な診察の予約が入っていたから朝から行って

「胸が痛いんですが」と話して検査をして、「これは大変!」となったそう。


D総合病院に到着した時は一瞬心臓が止まったそうで、

心臓マッサージだか電気ショックだか知らないけど

蘇生術をやってなんとか意識を取り戻したようです。

「危なかったです」とD総合病院の主治医から言われました。


前年の入院時も「おかしい」と思った時点で病院で検査をしていれば

1カ月も入院しなくても、いや入院などしなくてもすんだかもしれないのに。

母は決して病院嫌いというわけでもないのだけど、

どうも「たいしたことない」と安易に考えてしまうクセがあるらしい。

上にも書いたように、高齢者は全てにおいて鈍感になるので、

実際、本人的にはたいして苦しさを感じなかったのかもしれませんが。


とりあえず間一髪のところで救急搬送されて、なんとか助かりました。

診断は心筋梗塞ということだったけど、後遺症もなく、

その後は順調に回復しました。


ただし母の入院中は父が実家に一人残されることになったので

またもや私は自宅に戻ることができず、実家に滞在することになりました。

もうこの時は「すぐに戻れない」との覚悟もあったので、

準備もちゃんとして行ったけど、ほんとにほんとに頭の痛いことでした。